第489回: 世界観から商品を好きになってもらうのはなぜ難しいのか

ラウンドナップWebコンサルティングの中山陽平です。今回は、特にBtoCでよく語られる「世界観」についてお伝えします。

「商品の世界観を感じてほしい」「世界観から、うちのブランドを好きになってほしい」。アパレルや装飾品の分野では、こうした話をよく聞きます。ただ、世界観を作って、そこから買ってもらうのは、かなり難易度の高い方向性だと私は考えています。

皆さんは、世界観で買った、世界観で好きになったものが、どれぐらいあるでしょうか。重視している方もいるでしょうが、それほど多くない方や、思い当たらない方もいるのではないでしょうか。

世界観から好きになってもらうには、高いハードルがある

世界観という、ふんわりしたものを感じるには、そのブランドをかなり知る必要があります。世界観を感じられるようになった人が、コアな層へ入っていく、と考えた方が近いかもしれません。

これまでは、それを作るのに相当なお金も、仕掛ける側のテクニックも必要だったと思います。世界観を用意すれば、それだけで初めて来た人に好きになってもらえる、というものではないんですね。

ただ、このハードルが今後どう変わるかは、気になるところです。私の経験上は難しいと思っていたことが、ひっくり返る可能性もあります。その判断材料として、収録当時に気になっていた取り組みをご紹介します。

没入型ECの試みを、過去の経験だけで決めつけずに見る

きっかけは、日経クロストレンドの2023年10月26日付の記事で紹介されていた、お菓子メーカーBAKEの「没入型EC」です。商品をただ並べるのではなく、ネット上に架空の建物のようなものを作り、そこで情報を見せながら世界観を好きになってもらい、商品を買ってもらう流れに挑戦していました。

オールFlashのサイトをご存じの方なら、画面全体にお店があって、お菓子が置かれ、キャラクターがいるようなものを想像していただくと近いと思います。私も昔、ActionScriptを一生懸命勉強しましたが、結局あまり使いませんでしたね。

このサイトでは、「マンション・インディゴ」という建物の各階にキャラクターやお菓子が登場します。例えば403号室には「マダムブルー」という人物がいて、「403号室 水平線の先まで持っていきたいパウンドケーキ」という商品がある。人物の価値観やストーリーに共感した人に、商品を買ってもらおうという通販サイトです。

オールFlashのサイトがあった時代の状況を思い出すと、正直、私の直感ではうまくいかないパターンに見えました。ただ、これはあくまで私の経験上の感覚で、実際に一定の効果が出るかを確かめたいと思ったんです。

当時考えていたのは、半年後や1年後にも取り組みが継続し、一定の効果が出ているなら、世界観を感じるハードルが下がっている可能性がある、ということでした。逆に立ち消えていたら、やはり難しかったのかもしれない。今の感覚だけで決めず、後から確かめる材料にしたかったんですね。

架空のキャラクターに没頭してもらう難しさを考える

なぜ難しいと感じるかというと、架空のキャラクターを通じて、その世界に没頭してもらうのは、ものすごく難しいからです。

例えば、初めて会った人から「昔はこういうことをしていて、今はこれをやっていて、将来はこうしたい」と聞くと、その人の世界に入っていけることがあります。話の具体性や生々しさ、本当らしさに加えて、対面なら表情や声からも熱量を感じますよね。同意するかどうかは別として、相手がどういう人かは感じ取れます。

実際の人を通じて、会社ができるまでの流れを伝えることもできます。通販の商品と一緒に届く創業者の話を描いた漫画などは、そうした伝え方ですね。

ところが、全く架空の人物だと、相当作り込む必要があります。作り込んだとしても、キャラクターに奥行きが出るのは簡単ではありません。漫画やアニメのように、長く見て、お話を一緒に追体験するぐらいでないと、その世界観を感じてもらうのは難しいと思うんです。

実店舗で伝わるものを、そのままネットで伝えられるか

アパレルなどで世界観がよく語られるのは、肌触りやお店の雰囲気、飾り付け、香りなどを通して伝えやすいからだと思います。お店に入れば、いろいろな感覚で受け取れます。

実店舗で感じられるものが限られるネット上では、架空の人物の設定だけで同じように伝えるのは難しいんですね。実際にいる人の話なら伝えやすくても、そこからさらに世界観まで感じてもらうとなると、別の難しさがあります。

ストーリーへの共感と、商品を買う理由の距離を見ておく

物語を伝えること自体には、私も賛成です。過去、現在、未来の流れで説明すると、今目の前にあるものの輪郭や、なぜそれをやっているのかが自然と見えてきます。お客さんにも、すっと入っていきやすいんですね。

ただ、会社や人の話を聞いて「こういうふうに生きてきて、今こういうことをやっているんだ。じゃあ話を聞いてみよう、信じてみよう」と思ってもらうことと、架空の人物が生きる世界を好きになってもらうことは違います。

さらに、「この人と同じような世界で生きたい」と思ったとして、そこで扱う商品を買えばそれが実現すると感じてもらえるでしょうか。物語に共感することと、その商品を買うことで好きな世界に近づけると感じることは、近そうで遠いと思います。

当時サイトを見た私の感覚では、個性的な人物の設定を読んで「この人が愛するお菓子は、どんな独特なものだろう」と思っても、商品の見た目はわりと普通で、形が少し個性的というぐらいに見えました。やるなら、もっと大きく振り切らないと伝わらないのではないか、という気がしたんです。

もちろん、ここは人によって感じ方が違います。私は悪く言いたいわけではなく、自分の感覚が正しいのかを検証したい。小さな世界観でも購買行動に影響するなら、自分の見方を更新しなければいけないと思っています。

短期のEC施策か、会社として続ける長期戦略かを分ける

私の仮説では、世界観を自分たちで構築するのは、とても難しい仕事です。やるとすれば、すでに多くの人が知っていて、どんな人物なのかも分かっているキャラクターや有名人の力を借りる方向はあると思います。コラボレーションは、すでに物語性や世界観を持つものにつながるという意味で、効率のよい方向性なんですね。

それを一から自分たちで作るとなると、私の感覚では1〜2年ではなく、10年、20年という単位の仕事です。短期的な目標があるECサイトで採用するのか、会社として長く続ける戦略なのかを分けて考えた方がいいと思います。

自分たちのストーリーや世界観で商売をしていくと決めるなら、会社として打ち出して、途中でぶれずに続ける必要があります。短期でやるなら、会社全体で露出を一気に増やすような動きも必要になるでしょう。

収録当時、私にはそこまで大きく広がっているようには見えず、厳しいのかなと感じていました。ただ、実際の成果は分かりません。だからこそ、その後の動きを追い、自分の価値観も更新していきたいと思ったわけです。

「私たちを時間軸で知ってください」という伝え方は使える

では、ストーリーが使えないかというと、そうではありません。「私たちはこういうつもりでやってきて、今ここにいます」と、会社や人を時間軸で知ってもらう伝え方は使えます

創業者の過去、現在、未来や、会社がどう変わってきたか。世界観という大きなものを構えずに、「私たちのことをもっと知ってください」と伝えるんですね。これは私も実際にお勧めして、成果が出ているやり方です。

相手に世界ごと好きになってもらおうとする前に、今どういう思いで、その商品や事業に取り組んでいるのかを知ってもらう。そこまでなら、ネット上でも伝えられると思います。

面白いサイトと、商売に役立つサイトの両方を見る

オールFlashのサイトが出たころは、独特の世界観を持った、アートのようなWebサイトが結構ありました。機能性よりインパクトが重視されることもあった時代です。

ただ、私が見てきた範囲では、作品としては面白くても、一般的な商売には役立たず、普通に使いやすいものの方が受け入れられたという状況がありました。もちろん、アートを作る集団が自分たちの仕事を見せるなら、そのビジネスには役立つと思います。

世界観のあるサイトが面白いことと、そこで商品が売れることは、分けて見ておきたいんですね。今もそう変わらないのではないか、というのが私の感覚です。

とはいえ、どちらが面白い世界かと言われれば、商品そのものだけでなく、その周りまで含めて楽しめる方が楽しいとは思います。そういう方向に進んでいったらいいな、という気持ちもあります。

一方で、物語性が営業心理学や、人の心を操るための手法のように使われていると感じることもあって、簡単には言い切れません。世界観づくりの難しさは押さえつつ、面白そうな試みを見つけたら、その後どうなったかも確かめていきたいと思っています。

関連コンテンツ

ストーリーをどのコンテンツに使うかについては、後の回であるPodcast 第551回:ストーリーテリングを使う場所と、伝え方の考え方で詳しく扱っています。

見せ方と商品そのものの価値の関係は、Podcast 第486回:Webの見せ方だけで売ろうとしていないかも参考にしてください。

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